映画雑誌、新聞などで2021年の映画ベスト10が続々と発表されています。精神科医でありながら、映画評論家でもある樺沢も、2021年日本で公開された映画の中から10本の作品をベスト10形式で発表します。人間の心理やメンタルを深く掘り下げた作品が多く並びます。
■第1位『ディア・エヴァン・ハンセン』(アメリカ)
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2021年は、例年以上に魂を揺さぶる作品が多かった気がします。その中からベスト1を選ぶのは至難の業。「自殺予防」をビジョンに掲げる精神科医の私としては、自殺で遺された家族や友人の深刻な問題を、ミュージカルという娯楽作品に仕上げた、極めて挑戦的な一作をベスト1として選ぶしかないと思いました。というか、私がそうしなければ、誰がベスト1に選ぶでしょう。
本作のすごさは、アメリカで深刻化するティーンエイジャーのメンタルと自殺の問題を告発するだけでなく、その対処法まで示している点です。みんな孤独で苦しいんだから、互いにつながって、思っていることを素直に話せばいいじゃないか。苦しいのはあなただけではない。“You Will Be Found” 誰かがあなたを見つけてくれる、という楽曲では、涙が滝のように流れました。
■第2位『ひとくず』(日本)
泥棒の金田は、空き巣に入った先で部屋に閉じ込められ、食事も与えられない少女と出会います。そう、少女は母親から育児放棄され、虐待されていたのです。人間のクズが見せた「優しさ」とは? そして、どんなにダメな人間でも、変われる! そこに勇気が湧いてきます。
最近、児童虐待を描いた映画が増えていますが、実際にコロナ禍では虐待に関する相談件数も増えていて、幼児、児童の虐待は極めて深刻な問題となっているのです。そして、虐待を受けた人が自分の子を虐待してしまうという、虐待の連鎖についても、非常に踏み込んだ描写があり、考えさせられます。
低予算で作られていますが、脚本と主演を兼ねた上西雄大監督とスタッフ、キャストたちの情熱が半端ない。一人でも多くの人に観てほしい! と心から思う作品。
■第3位『ドライブ・マイ・カー』(日本)
村上春樹の50ページにも満たない短編小説の映画化。日本映画としては62年ぶりにゴールデングローブ賞を受賞したことでも大きな話題となりました。
演出家役の西島秀俊、ドライバー役の三浦透子。非常に無口で、ほとんど言葉を交わさない2人が、心の深い部分で交流していく。そして、最後に誰にも話さない(話せない)過去を自己開示するシーンには魂が揺さぶられ、号泣しました。
言葉にしないと伝わらない。しかし、言葉にしても伝わらないこともある。自分の「思い」を伝えるとは何か? 淡々とした心理描写が続くのに、3時間が一瞬のように短く感じられる演出、そして演技に魅了されます。コミュニケーションの本質を鋭く描いた一作。
■第4位『MINAMATAーミナマター』(アメリカ)
水俣病の存在を世界に知らしめた写真家ユージン・スミスを描いた伝記ドラマ。ジョニー・デップが、製作・主演を務めています。水俣病を告発する作品、というより「写真への情熱を失った初老の男」が、妻となるアイリーンや町の人との人間的交流を通して、「人間の尊厳」に気づき、創作意欲を取り戻す物語。
命をかけてでも撮らないといけない題材と出合い、覚醒する。クリエイターが輝く瞬間を見事に描き出している!
私も作家というクリエイターのはしくれとして、「伝える」ことへの情熱を呼び覚ましてくれた作品で、強く共感するのです。人間、年を取ってもひと花咲かすことはできる! という初老期の皆さんへの応援歌でもある。と同時に、それはジョニー・デップ自身への応援歌かもしれません。
■第5位『リスペクト』(アメリカ)
ソウルの女王、アレサ・フランクリンの輝かしい半生を描いた作品。と思いきや、権威主義的な父親からの虐待、チャランポランな夫に翻弄され、お酒に溺れる壮絶な人生……。しかし、そこから運命のアルバムを制作し、人生の起死回生をはかります。
アレサ・フランクリンは、いうなればマイケル・ジャクソンの女性版。黒人差別、女性差別が苛烈だった時代に、女性シンガーとして成功することが、どれほど大変であったか。
アレサを演じるジェニファー・ハドソンの歌唱力が圧倒的。ダークな心理描写と感動的な音楽シーンが交互に描かれますが、その落差がすごい。これぞ、アメリカの光と影を描いた! どストレートなアメリカ映画。5回は泣きました。
■第6位『ノマドランド』(アメリカ)
第93回アカデミー賞で作品賞、監督賞、主演女優賞の3部門受賞作。キャンピングカーで生活する女性ファーン。一見、自由を満喫しているかのようですが、いわゆる貧困層。仲間同士の助け合い、さまざまな出会いと別れ。ファーンに思いを寄せる男性も現われますが、彼女はその愛情を受け入れません。もっと素直に生きれば、幸せになれるのに……。
しかし、彼女には彼女なりの「生き方」「こだわり」があったのです。ドキュメンタリー映画ではありませんが、限りなくドキュメンタリーに近い演出。お金がなくても自由に生きられるのは素晴らしいことなのか。いろいろ考えさせられる作品です。
(週刊FLASH 2022年2月1日号)
樺沢紫苑の『読む!エナジードリンク』魂を揺さぶる2021年の名作映画10 | Smart FLASH[光文社週刊誌] - SmartFLASH
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